全体設計

テーマは「愛は肉体に宿る」

モチーフは「二重螺旋」

三部構成。それぞれにフォーカスされる人物がいる。

母は全体にわたって登場し、物語を総括する役割を担う。

二つの遺伝子が交差するポイントがいくつかある。ここをとにかく美しく描こう。

第一部 ある実験

 ニ匹のマウス。遺伝的にまったく同じ、クローンマウスを用意する。初めて見る相手を見て警戒するマウスたち。二人の研究者がその首元を掴んで素早く麻酔を注入する。マウスたちは数分のうちに眠りに落ちる。ここからは、二人の研究者がぴったり息を合わせて、同じ操作を二匹のマウスに施していく。

 マウスの腿にメスを入れ、動脈を見つける。動脈を体外に出し、人工心肺と接続する。これは肺と心臓が長期間止まることになった場合の保険である。

 続いて頭頂部から後頭部にかけて、大きなコの字型の切れ込みを入れる。その部分の皮膚を剥ぐと、頭蓋骨がむき出しになる。頭蓋骨に穴を開け、くも膜をはぎ取ると、厳重に保護されていた脳が今や目の前にむき出しにされる。

 脳はこのように目に見える存在であるにもかかわらず、中身は未だ不明だ。どこまでも慎重に扱わなくてはならない。へら上の器具を用いて脳をわずかに持ち上げると、首元に神経の束が露出する。

 もう一人の研究者、博士も同様の作業を完了させていた。これから一方の脳から伸びる神経をもう一方の身体に再接続していく。

 人工心肺モニタの示す心拍数は、やや低下していた。私は顕微鏡とマイクロアームを取りだし、ここから始まる膨大な神経との戦いに備え、一呼吸した。

 かつて、神経が再び繋がるかどうかは運試しだった。神経が自分で繋がろうとするその自己治癒力に賭けるしかなかったからだ。けれども今は違う。人工神経が技術的に確立したことで、神経が再接続する確率は99%以上になっている。問題は私がミスするか、しないか。それだけだ。

 神経を半分ほどつなぎ替えたところで、異変が生じた。血圧が急激に低下し始めていた。

「人工心肺を稼働させろ」

 すぐさま血液の再循環が始まる。けれども、血圧は戻らない。体のあちこちに内出血と思われる黒いシミが見られ始めていた。心臓が停止すると同時に、体内のあちこちで血管がふさがれ、血液が流れなくなっているのだ。人工心肺は逆効果だ、と考えたときには、もう遅かった。人工心肺から送り込まれた血液が血管の内圧を高め、破裂させた。赤黒い血が飛び散った。

 騒ぎの一方で、もう一匹のクローンマウスも静かに息を引き取っていた。症状は一匹目とまったく同じだった。

 心肺が停止し、血管が萎縮する。生かそうとすると飛び出す大量の血。それはまるで身体が自ら命を絶って、新しい脳を拒んでいるかのように見えた。

 クローンの生成が技術として確立してきた時代。私たちの研究室ではクローンを利用して脳を移植し、転生を可能にする研究を行っている。

 これまでの脳移植・脳交換実験の中で、私は2つの気づきを得ていた。

「同じ飼育室で育てられたクローンマウスの脳髄を交換する方が、異なる飼育室で育てられた場合よりも成功率が高い」

「クローンマウスのうち一方が緊張状態にあるときは、失敗する確率が極めて高い」

 まるで遺伝子ではない、二つの生物の間の意志のようなものが、実験の成否を支配しているかのように思われた。その正体が一体何なのか、私はまだ掴めていない。

 妻はどちらかと言えば穏やかな性格。のんびり頑張るように准教授に告げる。彼女は仕事でストレスの溜まりがちな私にとって、一つの癒やしだ。

 願わくば彼女と共に長期休暇でも取って、どこか旅行にでも出かけたかった。けれども今の仕事の忙しさを考えると、とても休暇を取れるような状況ではなかった。

「」

第二部 脳髄交換

 お父さんに「僕たちの脳を交換する」と言われてから、早くも一週間が過ぎた。兄はどう考えているんだろう? 兄はサッカー部が忙しく、その後塾にも通っている。兄と話し合う時間は、これっぽっちも取れていなかった。

 いや、この一週間だけではない。中学に入ってからというもの、兄と話す時間は確実に減っていた。でも、今日だけはきちんと話し合わなければならなかった。

 部屋の外から階段を上ってくる足音が聞こえる。おそらく、兄のものだ。ドアを開けると、隣の部屋に

「兄さん」

「なんだよ」

「ちょっと、話、いい?」

 兄はきょとんとした表情をしていたが、すぐに実験のことを思い出したのだろう。うなずいた。

「俺の部屋に来いよ」

 久方ぶりに入った兄の部屋は、記憶にある兄の部屋からずいぶん変化していた。いつからだろう? 兄を自分と区別するようになったのは。

 もともと僕たち兄弟は、クローンであることを隠して生まれてきたわけじゃない。二人で一人だった。けれども、時が経つにつれて、互いにそのことを疎ましく思うようになっていった。

 中学に入ってから、僕たち兄弟は別々の部活に入った。それをきっかけとして、僕たち兄弟は別の道を進み始めた。兄とは違うことをして、兄とは違う人間だと認めてもらう。

 僕はいつも、心のどこかで兄を意識して行動していたのかもしれない。それは、結局のところ兄の方も同じだったのかもしれない。

「例えばさ、僕に彼女がいたとして、体が交換されたとき、その人は僕たちのどちらを僕として見ればいいんだろう?」

「どっちか一人しか生き残らなかったとしたら?」

「西村さんに聞いたんだけどさ、二人の間に「愛」があれば、生き残れる可能性が高いらしい」

・兄の立場はあくまでも「主体は脳」だ。一貫している。

 布団に入っても、すぐに寝る気にはなれなかった。少し水でも飲もうかと考え、キッチンのある一階へ降りた。部屋には電気がついていた。

「」

 中から人の声がする。どうやら、こちらでは父と母とが話し合いをしていたようだ。ドアノブを掴もうとした腕を引っ込めるが、一度聞いてしまったからには、最後まで聞きたいという好奇心が彼を支配した。

 母はどちらかといえば実験に反対の立場だったが、父に懐柔されていく。その会話を聞きながら弟は思う。父は結局、自分のことをただの実験素体としてしか見ていなかったのだと。

 自分たちの身は自分で守るしかない。僕と兄との間に「愛」が必要というのなら、それを創っていかなければならない。

 僕たち兄弟は、もともと二人で一つだった。それが一度引き離され、別々のアイデンティティを持つようになった。今、再び僕たちの人生は外部からの強大な力によって引き寄せられ、交差する。

第三部

 脳髄交換手術が終わって三年が過ぎた。手術は無事成功し、二人は健康な肉体を取り戻していた。

 母は自分が兄弟を産んだときのことを思い出していた。私たちの子供を作るのであれば、私の皮膚細胞から卵細胞を創るのが道義だ。しかし、それでも父は自分のクローンを創ることにこだわった。それはきっと、父の研究者としての側面がそうさせてきたのだろう。

 あの時一度、離婚しようかとも思ったっけな。結局そうしなかったのは、私に後がなかったってことだけ。最初から最後まで自分が一番。自分の子供なのに、身を呈してまで守ることができなかった。

 兄は自分の体——かつての弟の体に傷を付けることを恐れていた。手術以降、筋力が落ちただけではなく、かつてほど思い切ったプレーができなくなった。今は自分の体であるはずだと、それは自分でも理解している。が、体が動かない。

 弟にはそのような葛藤はなく、普通に進学校に通い、来年は名のある大学を狙える立場にいるらしい。

 けれども自分は、中学校の最後の年の失脚を未だに引きずっている。

 ここから兄のアイデンティティが次第に崩壊していく流れ。

 勇気を出して自分の体を傷つけようとしてみて、成功する。だが、兄の心情としては、自分の体を傷つけたという感覚ではない。むしろ、できのいい弟の体に傷を付けて優越感を覚える自分を自覚する。

 これではない、と兄は考える。本当の自分の身体に傷を付けなければいけない。兄は元の自分の体に傷を付けてみたいと願うようになる。

 母と父のなれそめの話が出てくる。かつてあった愛はどこに行ったのか。父の遺伝子は3つに分裂してしまった。父か、兄か、弟を愛せばいいのか。母にはよく分からない。

 兄はふとした拍子に現実と妄想の境を見失って、弟の体に傷を付ける、すなわち弟を殺害しようとする。

 分かれたはずの二人の運命はまた交差する。そこに、オリジナルの遺伝子を持つ父親も介入する流れにしたいなあ。

 そしてそれを冷ややかに見つめる母がいる、みたいな。

登場人物設定

西村博士

教授

兄の中学時代の友達